ほっと一息

フリー管理栄養士の毎日を綴ります。

2018年12月19日

死生観

大恋愛というドラマをまったくみてなかったのだけど、最終回だけ見たら大号泣してしまった。
NSTの権威であった、東口Drがホスピス勤務をしていた時の講義で聞いたことを思い出した。
死に向かっていく時間の中で、生きているうちに抱えたものをいかに昇華させるか、それこそ幸せの追求ではないのか、でもそれは正解なのかは、わからない、
というようなことだったと思う。
いま、それすごくわかります。
昇華ってすごく幸せなこと、ですよね。
例えば、私は子供が成長して巣立って行ったら、昇華。
子供捨てた実母を許せたら、昇華・・・でも、これは昇華しなくていいことだな。類似で元夫一族もそう。
あとは、何をしたいだろう
例えば、誰かにとても必要とされていたなら、私が消えることで途方もない悲しみを与えることになっちゃうから、もうそれもなくていいなと思う近頃。
と、思うと、だ・・・
私は綿毛がぬけきったたんぽぽの花芯とか茎みたいに、風にふかれて空見上げてやがて朽ちる、そういうので十分生きたなって思ったりして。
願わくば、子供以外で、ありがとうって言われることがあれば
それはそれで本望だなって思ったりして。
なんかもう、私、昇華してたりして?

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