ほっと一息

フリー管理栄養士の毎日を綴ります。

2011年06月05日

尊厳

親類の1人が癌で入院しておりました。
先日「今日が最後のお別れ。痛みがひどいからお別れの後に薬を入れたらもう昏睡になる予定なの」と連絡がありました。
痛みが酷い、本人も看ている人にも耐えがたいから麻薬処理になるのでしょう。
私も本人や親類なら、同じことを医師と決めてしまうと思う。
けれど、なんだかしっくりといかない話でもあります。
死を自ら、親類が決める…自殺とどう違うんだろう…
そして薬を入れる瞬間とか…それを見守る数日間とか…
医師からは薬を入れたら昏睡となり、数日で他界する予定と話があったそうです。
そのために、海外へ単身赴任されていた息子さんも帰国されたらしいのです。

しかし、この親類ただものではなかった。
薬を入れた翌日に、座って独り言をぶつぶつ言ったり、本を読み始める(もちろん読んでいない)などのアクションを起こし、親類はじめ、医師をも驚かせているそうです。
麻薬による、半覚醒なのだとか?
一見、普通の動作ではあるのですが、意思や言葉のコミュニケーションはとれないので、動作を見守っているそうです。

というわけで、昏睡どころかアクティブです。
お葬式も近いから、と言われていましたがあと数週間先のことになりそうとのことでした。
息子さん、モスクワから帰国がちょっと見当違い。。。
担当医師も「???すいません」

死を決めるのは神だったり、運命(寿命)だったり、もしかすると無意識の自分だったり…
親類のことを考えると、なんとも色々なことを思うのであります。
命って…

Comment

ササ金魚

ぼくは癌家系(?)なのか、祖父をはじめ親戚で亡くなった方は
癌が多かったのですが、延命治療でモルヒネを打った後に
アクティブになった方は居ませんでした。すごい方ですね‥

ぼくが最後の時間を共有した方々は、苦しさや辛さばかりが目に映り
ほんの少し前の笑顔の表情を思い出せなくなり、
この最後の時間は、いったい誰のために存在する時間なのか
疑問に思うことが多かったです。


そして、これだけ親戚に癌でなくなる方が多いと、やはり思うのは
「自分も最後は癌で死ぬのかなあ‥」です。
モルヒネで昏睡になって意識がなくなり最後に呼吸が止まることを考えると
ぼくもことりさんと同じく、感覚として自殺や他殺との境目が曖昧に感じます。
(法律上での境界線は置いておいて)

もう助からない、と分かったとき、自分はなんて考えるんでしょうか。
もしかしたら「どんな状態でも良いので一秒でも長く生きたい」と考えるか、
それとも「苦しみから逃れたいから、早く楽にして欲しい」と考えるか。

そしてなにより、最後の瞬間に「ああ、いろいろあったけど、
良い人生だったなあ」と思える時間はあるのかどうか??

ぼくは人間の尊厳よりも、自分の死の瞬間のことがとても気になってしまいます。

2011.06.06 0:41:00

すもも

ササ金魚様

コメントありがとうございます。

今日も親類はアクティブです。
なんと、ベッドに座り「プリン」(大好物)と一言つぶやき
そのままじっとすわって数分いたそうです。
ご家族は意思の疎通はできないと知りつつも、プリンを買いに行ったそうです。

頂いたコメントを『うんうん』と頷きながら読みました。
最後の瞬間に「良い人生」と思いたいですね。
そういう時間があってほしいです。
ずれてしまいますが、そういう時間があることは結局神頼みになってしまうのだろうかと、思いつつ…
なんだか他人に親切にしておこうとか、何か良い行いをしておこうとか
(まわりめぐって自分に帰るような気がして)
思ったりします。
そういう打算的な善業は全行ではないのかもしれませんね。

この親類は、強心臓というか、かなり素晴らしいと思います。
ただ、自分の時間というよりも、肉体と魂との名残とでもいうか
意識がないのに体が動いているという不思議…
この時間は一体…という感じで親類一同戸惑っている様子です。
ご本人の気持ちもどうなっているのでしょうね。
聞いてみたいですが…

2011.06.06 19:09:25

ページの先頭へ