2010年02月08日
社会のルールと、私のルール
社会のルールってありますよね。
法律のように拘束力の強いものから
ある意味、もっと厄介な倫理・道徳観的ルールも。
そういう社会のルールは
概ね納得できるものに仕上がっているとは思うのですが
時には「なんでだかなぁ~」と思うものもあり
中には「これは変えていくべきだろう」と思うものもあり
そんな感じでしょうかね。
でも、まっ、とりあえず社会のルールであるということは
多くの人に認識されていることが基本ですよね。
是非はどう思おうと、とりあえず、そういうルールがあることは
多くの人に知られていなくちゃいけないわけですよね。
けど「私のルール」っていうのは
自分が自分に課すルールですから
他の人にとっては知ったこっちゃないものなわけです。
そのルールを「私」が守っていようと守っていなかろうと
はっきり言ってどうでもいいことなわけです。
けれど、たとえ「私のルール」であっても
人に対して宣言してしまうと
軽い縛りが生まれますよね。
それを破ったからといって
誰に責められるものでもないのだけど
たとえば
嘘つきになっちゃうことへの躊躇いみたいなものが生まれて
自分の心の中だけで決めているときより
「私」の心の中に軽く縛りが生じる。
これって上手く使えば
そこそこ頑張るための力になりますよね。
たぶん「有限実行」の人は
その力を利用しているんでしょうね。
それから・・・
社会のルールはもちろん大切だけど
私のルールを持つことも
かなり大切だと思うんですよ。
誰に何を言われるからではなく
自らに恥じない生き方をする・・・みたいな意味でね。
ちょっと大げさですけどね(^^;。
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