2009年10月28日
ささやかな幸せ
文房具好きです。
でも、特にコレクターではありません。
主に実用分野での文房具好きです。
だから、書きやすいボールペンには拘ってます。
行きつけの店で新しいタイプのボールペンがあれば即購入です。
出先で知らないタイプのボールペンを見かけると、やっぱり即購入です。
そうして書き味を試し、これと思ったものは大量購入したりします。
とはいっても、相性が好ましくなかったボールペンも放置しません。
かならず使い切るようにします。
正直、それってストレスフルなことなんですが
使わないで置いておく、ましてや捨てる方が、罪悪感からもっとストレスになるので
必ず使い切るようにしています。
そして今日も、一本、ボールペンを使い切りました。
ものすごくササヤカなことではありますが
ものすごく達成感を感じてます。
バカバカしいことなのは分かってますが・・・
こういう幸せの積み重ねが大きい幸せに繋がる気もします(^^)。
2009年10月26日
江戸期の大阪を知りたい!!
江戸期の大阪を知りたい!!
そう思って久しいのですが
それを行動に移していません(^^;。
基本的に怠け者かつミーハー者なので
難しい専門書は敷居が高く
できれば時代小説を入り口にしたいと思うのですが
それがまず、あまり見当たらないんです。
聞くところによると、今年の初め頃に
築山桂さん作、江戸期の大阪を舞台にした小説「緒方洪庵・浪華の事件帳」が
NHK土曜時代劇で「浪花の華~緒方洪庵事件帳」として放送されたそうで
こういう貴重な機会を逃したのは、実に残念でありました。
NHKの土曜時代劇といえば『陽炎の辻』シリーズが大の贔屓なのですが
残念ながら、あれは江戸モノなんですよね。
しかも、江戸ものの良さが、よく出てる(^^;。
とりあえず、読んでみたいと思っているのは
阿部牧郎さんの「町之介慕情」シリーズ。
武士を捨て貸本屋泰平堂を営む町之介を主人公にしたシリーズだそうです。
あとは、松井今朝子さんの『奴の小万と呼ばれた女』や
前出の築山桂さんの『緒方洪庵・浪華の事件帳』や『甲次郎浪華始末 蔵屋敷の遣い』。
富樫倫太郎さんの『堂島物語』は、基本が出世物語なので、ちょっと違うかも(^^;。
ほんと、這うように遅い歩みなんですが
とりあえずは、こんな感じで、少しずつ進んでいこうと思ってます(^^;。
2009年10月22日
輝ける日活の女優さんたち
南田洋子さんが亡くなりましたね・・・
何年か前から、認知症を患っておられて
女優業はお休みしていらしたとのことですが・・・
ほんとうに素敵な女優さんで
わたし、とっても好きだったので、切ない気持ちです。
晩年の、優しい雰囲気の中にもキリッと知的な魅力のある
ベテラン女優の南田洋子さんも、もちろん大好きだったんですが・・・
やっぱり、日活時代の・・・長門さんと知り合われた頃、ご結婚なさった頃の
あの輝くばかりにお美しかった南田さんが忘れられません。
もちろん、リアルタイムでは見ていないのですが
石原裕次郎さんのファンなものですから
当時の日活映画は、後発で、かなり大量に拝見しているのです(^^;。
とね・・・
当時の日活は、女優さんが、とっても愛らしかったんですよ。
他の映画会社の女優さんは、どちらかというとお姫様っぽいんですが
日活の女優さんって、みなさん、すごくキュートでらしたんですよね。
個人的には
大好きな裕次郎さんの奥さんになられた北原三枝さんがダントツに大好きで
次も、裕次郎さんとの共演が多く、藤竜也さんの奥さんになられた芦川いづみさんが大好きだったんですが・・・
美しさでは、だんぜん南田さんだなって・・・ずっとそう思っていました。
南田さんは、主演も多いはずなんですが
わたしが見た映画では、ヒロインよりチョッとお姉さんな設定で、影のあるような役柄が多かったので
その美貌が、よけいに際立った見えた気がします。
長門さんが、テレビ番組で、認知症の南田さんを公衆の面前にさらしたときは
正直、とっても悲しかったです。
認知症になった人の姿が、
情けないとか、ましてや醜いなどとは、決して思うべきではないと
それは、ほんとに、そう思います。
けれど・・・女優さんである人を・・・それはどうなのかなと、思わずにいられなかったのも本当です。
きっと、南田さん本人は、長門さんの選択を受け入れる方だと思いますが
南田さんのファンの方に対して、長門さんのされたことって、どうなのかなと思います。
覚せい剤事件などの場合でも同様ですが
有名な人の場合は、周りに及ぼす影響が大きいわけですから
南田さんだから訴えられること、出来ることというのはあるのかもしれません。
長門さんが、それを考えて、認知症の南田さんをテレビに出演させたのなら
むしろその勇気に拍手をおくるべきなのかもしれません
けど・・・
わたしは、なんとなく・・・やっぱり・・・悲しかったです。
今まで見たことのないような、剣のある南田さんの表情・・・悲しかったです。
ああ~・・・でも、だからこそ・・・なのかな・・・
けど、やっぱり、わたしは、悲しかったです。
南田洋子さんの、ご冥福をお祈りします。
2009年10月19日
テレビを越えて進めるかな(^^;
現代は情報社会と言われています。
たしかに
さまざまなメディアから
これでもかとばかりに
大量の情報が提供されて
わたしたちは情報の海で溺れそうです。
もちろん
情報が提供されるということは
基本的には、とても好ましいことです。
大切なことが隠され
何も知らされないまま物事が進められていく
そんな世界に暮らすよりは
情報の海に溺れる方が、まだ恵まれているといえます。
けれど
できるならば溺れたくはない。
ちゃんと情報を取捨選択して
必要な情報
信じられる情報を
手に入れられるようになりたいですよね。
なんて、ちょっと難しいトーンで入りましたが
実は、テレビの教養番組ってものについて、ふと考えたことがあっただけなのです(^^;。
根がミーハーで軽薄なものですから
テレビは専らバラエティー派。
そもそも教養番組なんてものを見ることはないのですが
ごくたまーに見たときに思うのですよね。
これって、導入にはいいけど
本格的に愛好している人には物足りないはずって。
だから・・・テレビって、どこか雑誌感覚なんですよね。
暇な時間に、ぺらぺらと捲って、ちょっとした好奇心を満たすのに
ちょうどな濃度に作られているんでしょうね。
となれば・・・
本気で知りたいと思った人は、テレビじゃ駄目ってことですよね。
自分で書物などを読んで調べ学ばなきゃ駄目ってことですよね。
けど、ついついテレビ止まりになってしまうことって
わたしのような怠け者には多いことなんですよね(^^;。
全部の事柄について探求すべきなんてことは思いませんけど
せめて自分が興味をもった事柄については
テレビを越えて、もう一歩踏み出したいなと
そう思う、秋なのでした(^^;。
2009年10月16日
欠点が魅力に転じる人、転じない人
欠点と思っていたところが
意外にチャームポイントになったってこと、よくありますよね。
欠点と思っていたものは
たいていの場合、欠点というよりは個性であって
そこが光れば、とても魅力的になるのは当然といえば当然ですしね(^^)。
というのは、主に、容姿のことを念頭において言ったんですが・・・
内面に関しても、同じようなことがいえますよね。
というか、そもそも長所と短所は紙一重であると
昔から言われていますものね。
たとえば
「だらしない」と表現される態度が
捕らえ方によっては「大らか」であったりするわけです。
逆に
「細かい」「うるさい」と陰口を叩かれる人は
物事に対して「真摯」に向かい合う人であることが多いですよね。
けど・・・短所が長所の裏返しではない人、欠点が魅力に転じない人というのも
残念ながら、少なからず、いらっしゃいますよね(^^;。
そういう人を、上記の要素で説明するなら・・・
他人には細かく口煩く、自分がすべきことに関してはダラシナイというような人でありますね。
でも・・・これって、自分では、そうなっていないつもりで
けっこう陥ってしまっている穴なんですよね。
だって「えっ、あんたが言いますか?」って言いたくなるような人物が
他人のことを、そう評したりしていますもの。
だから、気をつけなきゃいけませんね
自分がそうなってしまっていないかどうか(^^;。
2009年10月13日
もし透明人間になれたら・・・
よく雑談で「もし◎◎だったら」みたいな話、しますよね。
たとえば「もし願い事が三つ叶うとしたら」みたいな。
と、某サイトで
「もし透明人間になったら、女の子は・・・」
ってアンケートをしていたんです。
男性の会話では
透明人間だったら・・・って、ありがちな感じですよね。
で、たいていは、ちょっとエッチ系の答えになるんでしょ。
女風呂に潜入したいとか(^^;。
でも、女の子の場合は、とう答えるのか・・・
盲点をついたアンケートだなって、興味深かったです。
で、答えは予想通り、男性とは違ってエッチ系の答えは少なかったみたいですね。
じゃあ、わたしは、透明人間になったら何をするかなって考えたんですが
・・・う~ん、特に、何も、したいことが見当たらないんですよね。
それはそれで、なんだか、寂しいことでありました(^^;。
2009年10月10日
発信と受信のバランス
前にも、お話したことがあるかもしれませんが・・・
ずいぶん前ですが
仕事を通して積極的に“発信”をしていた友人が
ある日突然(本人は突然ではないでしょうが)
“発信”に疲れたので“受信”に専念するといって
仕事をやめ、大学に通い始めました。
それを聞いたワタシは
“発信”しながらでも“受信”はできるだろうに、と思いましたが
彼女は、わたしと違って、とにかく真面目で一途な性格の人なので
“発信”するときは“発信”に専念
“受信”するときは“受信”に専念したいのだろうなと解釈しました。
上記の発想でもお分かりいただけるように
わたしは、“発信”と“受信”がゴチャマゼになっているのが心地よいと感じるタイプです。
いっぱい“受信”できている時は、いっぱい“発信”できる気がするし
いっぱい“発信”できている時は、いっぱい“受信”できている気がします。
けれど、今、わたしは、そのバランスが崩れ
異様なまでに“受信”に貪欲である自分を感じます。
外に向かって「欲しい!」「欲しい!」と思う気持ちが強く
常に「頂戴!」「頂戴!」と思っています。
その飢え具合は異常で、我ながら卑しいとさえ思います。
けれど・・・この時期が過ぎたら
次には貪欲な“発信”期が来るのかなと少し期待もしています。
もしそうだとしたら、とても楽しみです。
だとしたら今は、欲望のままに、いっぱいいっぱい“受信”したいと思います。
2009年10月07日
台風の思い出
兵庫県では
8月9日の台風9号の被害の記憶が
まだ生々しいのですが
またまた、かなり大きな台風がやってきそうです。
とはいえ
六甲山の北側にある我が家のあたりは
いつも六甲山に守られて
大きな被害を被ることなく過ごせてきています。
台風だけじゃなく
阪神淡路大震災の時も
大きく揺れはしましたが
甚大な被害がなかったのは六甲山のおかげかと思っています。
けれど
わたしが赤ちゃんの頃・・・
一度、この地域は大きな台風による水害にあったことがあるのだそうです。
年齢がハッキリと分かってしまいますが(^^;
第二室戸台風(国際名 ナンシー)です。
村中を流れる川が氾濫し
村中が水浸しになり
母は赤ちゃんのワタシを抱いて
村の人たちと近くのお寺に避難したそうです。
とても怖かったそうです。
けれど、それ以来半世紀
大きな被害が無かったということは
ちゃんとした治水がなされたということなのでしょうか。
六甲山が守ってくれたというだけではないのでしょうね、きっと。
前にもお話したことがあるかと思いますが
実は、わたしには、台風が近づいてくると
どうもワクワク興奮してしまうという癖があります。
どこかで誰かが被害を被ってしまうと分かっているので
そんな感情は持っちゃいけないと思いつつ
それでも何かゾワゾワと心が騒いでしまいます。
けれど、大人になればなるほど
その気持ちが抑えられるようにはなってきました。
理性のほうが感情に勝ってくるということなんでしょうかね。
そういうことって、全部が全部、良いここともいえないとは思いますが
少しは成長したのかなとも思っています。
今回の台風で被害を受ける方がいらっしゃらないことを祈ります。
2009年10月04日
否定し合わなければ存在できない・・・のかな
娘のために録画しておいた美術系の番組を
時間つぶしにと何気なく見ました。
と・・・なかなか面白かったです(^^;。
新古典主義のアングルたちと、ロマン派ドラクロアが
お互いに強く拒否しあう感じが、とても印象的でした。
でも、どうしてそんなに相手を拒否しあうんでしょうね。
もちろん、ロマン主義はその発生が新古典主義への反発なのですから
両者が対立するのは必然というか、当然の流れなのでしょうが・・・
ちなみに、新古典主義は
「社会の教訓、平静、調和、バランス、理想、合理性」を描くのが特徴で
「均整のとれた美」を追求していたそうです。
それに対して、ロマン主義は
「社会の慣行に反抗」し、「古典主義の様式美を否定」し
「個人、主観、不合理、想像力、自然、幻想的、怪奇的、非現実的」を強調したそうです。
まっ、とにかく、ロマン派が、新古典主義に反発した形で発生した以上
新古典主義の方としても、ロマン派を叩くのは当たり前なのだとは思いますが
お互いに自分の信じる美に拘るあまり
それ以外の美を否定するというのが
天邪鬼な現代人のワタシには理解できないわけです。
どちらにも良さがあるわけで・・・
何を選ぶかは、個人の趣味趣向の領域になってしまうわけだから・・・
わたしはこれがスキ、あなたはそれがスキ、それで良くないですか・・・って
そう思っちゃうんですよね。
自分の信じる美を、とことん追求するのは素晴らしい姿勢だと思うけど
だからといって、別の美を追求している人のことも否定したくはない。
むしろ、方向性は違っても、その姿勢に敬意を払いたいと、そう思うんですけど・・・それって、美への本気度が足りないから思うことなんでしょうかね。
2009年10月01日
自然のせい?人のせい?
稲刈りが終わったわけですが・・・
米のとれ高が、昨年までに比べると
ずいぶん少なかったのです。
父が丹精したのと
付け焼刃の我々の適当なやり方とでは
こんなにも収穫が違ってくるのかと
ビックリすると同時に
百姓としての父を尊敬したのでした。
けれど
今日、実家が農家だというスタッフの一人と話していたら
彼女の実家でも、今年は収穫が少なかったとのこと・・・あれ(^^;。
もしかしたら、収穫の減少は、天候のせいなのかな。
きっと、その両方かなって思います。
天候のせいもあり
我々の未熟さのせいもあり
たぶん・・・その両方なのだと思います・・・はい(^^;。









