ヘルパー派遣事業所の悲喜こもごも

運営しているヘルパー派遣事業所で体験したアレヤコレヤ話など

2010年02月26日

隠れた才能

最近、娘とお芝居を見に行くようになりました。

若い頃には、結構よく芝居も見ていたのですが
結婚し出産し・・・
そういう楽しみからも遠ざかっていました。
けれど、娘が見たいというので
最近はまた、そのお相伴に預かる形で見るようになったわけです。

とね・・・
お芝居がお上手な方が、世の中には、いっぱいいらっしゃいますねぇ~。

なんていうことも失礼な話で
当たり前のことなのでしょうが・・・

努力しなくても目に出来るTVで見かける俳優さんや
話題の映画に出演されている俳優さん以外
その存在すら知らないのって、仕方ないことですよね。

けれど、わたしたちが知らなくても
一生懸命、お芝居をしていらっしゃる役者さんたちが
ほんとうに沢山いらっしゃるのだなと
そんな当たり前のことを知ったわけです。

これって、きっと、お芝居の世界のことだけじゃないですよね。

目に触れやすい場所ではないところで
多くの人が頑張っている
そして尊敬できる良い仕事をしている
そうなんですよね。

なんだかねぇ~・・・すばらしいなぁって、そういう気持ちになっているのでありました。

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2010年02月25日

春一番は?

今日は、暖かいですねぇ~。
春一番、吹くかもって話でしたが
どうだったんでしょう、吹いたんでしょうか。
吹いたとしても、ちっとも不思議じゃない暖かさです。

けれど、そうなれば悩ましいのが花粉症ですね。
花粉情報も始まって、それを見るだけでも目鼻がムズムズしそうです。

個人的には
春の気鬱が、たいそう悩ましいです。
勝手に“春病”と名づけているのですが
暖かくなってくると、全身の倦怠感と軽い鬱に悩まされます。

春が過ぎれば大丈夫と分かっているのですが
それを承知していても、やっぱりダルいものはダルのですもの、はい。

それもこれも
春の生命の息吹に、自分の弱さが負けていると思うと悔しくもあります、はい。

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2010年02月21日

続く訃報

藤田まことさんが亡くなりましたね。
どんどん昭和を支えた方たちが亡くなっていきます。

日本だけじゃありません。
海外でも、わたしが影響をうけたり
いろいろと楽しませてもらった作品を生み出した方たちが
次々と亡くなっています。

人が死ぬのは当たり前のことで・・・
唯一、すべての人間に平等に降りかかることで・・・

今の自分の年齢が・・・
ちょうど自分を育んでくれた世代を見送る時期にきているということなのでしょう。

たぶん、こうして人は、自分の死の準備もしているんでしょうね。
いつの時期にも人は亡くなり、その訃報に接して暮らしているはずですが
自分の年齢によって、それに対する気持ちが違うんですから・・・ね。

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2010年02月19日

女性失格

女性の不満として
男性が女性の見た目ばかりに
心を奪われすぎるってことがあるようですが

女性自身も
かなり自分の美しさに拘りますよね。

そういう心理って
異性、つまり女性の見た目に拘る男性を意識したものだと
そんな風に言われがちですが・・・

美に拘る女性たちと話をしてみると
意外にそうでもないんですよね。

まずは自分自身が綺麗でいたいという気持ちが一番強い
次には、意外なことに異性より同性の目を気にしている
そして最後に、いわゆるモテたい的な気持ちがくる見たいなんです。

そう言えば
マスカラ命のしっかりメイクをしていた娘に
「若いのにもったいない。化粧をしていない方が綺麗なのに」って言ったらば
「そんなの分かってる。それに、綺麗になりたいからしてるんじゃなくて、好きだからやっているだけだから」って反論されましたっけ(^^;。
つまり、化粧も自己表現の重要なアイテムってことなんですかね。

って、少し話が横道に逸れましたが・・・

とにかく
自分のためであれ
同性の目を意識してであれ
異性に持てたいが為であれ
女性は美に向かって自らをデコレイトしたい欲求が
男性よりもはるかに強いんでしょうね。

そして男性は
自分が美しくなりたいと思うより
女性に美しくあって欲しいと思う欲求が強いみたいですね。

でも、どうしてそんなに
男性も女性も、女性の美に拘るんでしょうね。

化粧品にしても
ダイエット食品やグッズにしても
アクセサリーや洋服にしても
美のためには費用を惜しみませんが
それを他のことに使ったら・・・なんて思っちゃうワタシは女性失格ですね(^^;。

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2010年02月16日

極端を避けるのが、おばあちゃんの知恵

何事にも流行ってあるでしょ。
それが、単に嗜好の分野のものなら
どうってことはないんですが
人の体や心に大きく影響するものだと
単に流行では片付けられませんよね。

たとえば
長女が生まれた頃
育児に関しては「過干渉は避ける」というのが流行でした。

もちろん、過ぎた干渉は、今だって好ましくないでしょうが
その頃は、泣いている子どもを抱き上げることも止められました。
外国では、生まれた時から子ども部屋があり
泣いたからといって、すぐに抱き上げたりせずほっておく
だから、自主性が育つ・・・って。

でも、二年後、長男を出産した頃には
抱いてもいい・・・いや、むしろ泣いたらすぐに抱こう
スキンシップは子どもの心身の生育にとても大切だって言われました。

おいおい、どっちなんだって、新米ママは悩んだものです。

運動部の指導も
今と昔では大いに変化していますよね。
むかしは、練習中に水を飲ませなかったのが
今は、水分補給に、ことのほか気を配っているようです。
うさぎ跳びとかも、昔は当たり前の基礎練習でしたが
今は好ましくないと禁止されているのだとか。

日光浴もそうですよね。
昔の育児書では、日光浴はかなり奨励されていたと思いますが
今は出来るだけ紫外線を浴びないようにと言われているようです。

となると・・・
今、正しいと言われていることも明日には
明日でなくても来年には
来年でなくても数年後には
間違っていると訂正されるかもしれないわけです。

なら、わたしたちは何を信じれば良いのか
まったく分からなくなってしまいます。

だから・・・
唯一できることは「極端は避ける」ってことではないでしょうか。
正しいといわれていることも
間違っているといわれていることも
完全には受け入れず
完全には拒絶せず
何事も適度に・・・ほどほどに・・・

関西弁で"ほちぼち"って言葉がありますが
わたしは、この"ぼちぼち"が大好きです。

ゆっくり自分のペースで"ぼちぼち"歩いていく
そうしていると石にも躓かないし、穴にも落ちない
と、わたしは思っています。

天才を育てる方法だとか
脳の活性化だとか
特効薬に飛びついて大急ぎしていると
失敗したことにすら気づかないかもしれませんものね。

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2010年02月13日

確定申告の準備

事務所の年末調整がすみ
一息ついていたのですが
あっという間に
確定申告の受付期間が始まります。

いつもは
ほんとにギリギリまで放っておいて
ああ~もう駄目っ!!って頃になって
慌てて作業するのですが

今年は、もろもろ事情もあり
16日になったら即日提出できるようにしておかなければならず
今、おいちにっおいちにっと頑張っているところです(^^;。

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2010年02月10日

室内と室外

雨です・・・
生暖かいです・・・
そして洗濯物が乾きません。

昨日は
雨になるといわれつつ
蓋をあけてみれば、さして崩れることもなく
ただ生暖かいだけで
なんとも気持ちの悪い一日で・・・

それに比べると
ちゃんと雨が降ってしまった今日は
むしろ心地よいとは感じているのですが・・・
ただ洗濯物が乾きません。

一日中、ずっと降っているわけではないので
ぼんやり日差しもあるし風もあるしと考えて
一応は、屋根のある戸外の洗濯場に干していましたが
夕方になっても全く乾いてはおらず
朝干した時のままのビショビショ状態です。

でも、これを室内に移すと
半日くらいで乾くんですよね。
わがボロ屋には、もちろん室内乾燥機なんてありませんが
それでも何故だか乾くんですよね。

それほど
室内って、雨の日でも湿度が低い、もっと言えば乾燥しているんですかね。

こういう日が続くと
つくづく乾燥機が欲しいと思うんですが・・・
基本は、太陽さんの光の下に洗濯物を干したいという拘りもあり
はたまた我が家の経済事情も乾燥機の購入をよしとはしてくれず
この状況は、当分、続きそうであります(^^;。

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2010年02月08日

社会のルールと、私のルール

社会のルールってありますよね。
法律のように拘束力の強いものから
ある意味、もっと厄介な倫理・道徳観的ルールも。

そういう社会のルールは
概ね納得できるものに仕上がっているとは思うのですが
時には「なんでだかなぁ~」と思うものもあり
中には「これは変えていくべきだろう」と思うものもあり
そんな感じでしょうかね。

でも、まっ、とりあえず社会のルールであるということは
多くの人に認識されていることが基本ですよね。
是非はどう思おうと、とりあえず、そういうルールがあることは
多くの人に知られていなくちゃいけないわけですよね。

けど「私のルール」っていうのは
自分が自分に課すルールですから
他の人にとっては知ったこっちゃないものなわけです。
そのルールを「私」が守っていようと守っていなかろうと
はっきり言ってどうでもいいことなわけです。

けれど、たとえ「私のルール」であっても
人に対して宣言してしまうと
軽い縛りが生まれますよね。
それを破ったからといって
誰に責められるものでもないのだけど

たとえば
嘘つきになっちゃうことへの躊躇いみたいなものが生まれて
自分の心の中だけで決めているときより
「私」の心の中に軽く縛りが生じる。

これって上手く使えば
そこそこ頑張るための力になりますよね。
たぶん「有限実行」の人は
その力を利用しているんでしょうね。

それから・・・
社会のルールはもちろん大切だけど
私のルールを持つことも
かなり大切だと思うんですよ。

誰に何を言われるからではなく
自らに恥じない生き方をする・・・みたいな意味でね。
ちょっと大げさですけどね(^^;。

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2010年02月04日

セレブの慈善事業

ハリウッド・セレブの慈善活動報道などを耳にすると
いつも何か胡散臭く感じてしまいます。
それは、日本のミュージシャンの人のそれでも同様です。

決して、彼らの善意を疑っているわけじゃありません。
本当に「かわいそうな人たち」「恵まれない人たち」に
何かしてあげたいと思っていらっしゃるからこその行動だと
そう信じています。

けど、そう信じてはいても
何かしら居心地の悪さを感じてしまうんです。
そういう報道を耳にすると。

たぶん、わたしが捻くれた人間なんだからだと思います。
愛や平和を祈る歌とかも、基本的に苦手ですし。

以前、セレブ評論家(これはマジで胡散臭い職業ですね(^^;)が
「セレブとは金持ちのことではない。膨大な資産を社会貢献に使用していなければ、いくら金持ちでもセレブと呼ばれる資格はない」と言っていたのを聞いたことがありましたが・・・

累進課税だとか何だとかで
なるべく貧富の差を縮めようと思っても
資本主義社会では、格差の存在は既存の事実です。
共産主義の社会であっても
思想や理念の隙間に人間の本性が割り込んで
むしろ格差を助長することになります。

だから
世の中に貧乏な人と金持ちの人が生まれる事実を受け止めて
せめて金持ちが自主的に資産を社会貢献に使うことを奨励するべきだ思います。
だから、ハリウッド・セレブの慈善活動報道も
好ましいことと思って見るべきなのは分かっています。

お金のことだけじゃなく
人に対して影響力のある人気者さんたちが
愛や平和や平等を謳ってくれることは
無垢な若者の心に好ましいメッセージとして届きますから
ほんとうに彼らの慈善活動は歓迎すべきことなんです。

けれども・・・そうは分かっているのに・・・
なんだかどうしても胡散臭く感じてしまう・・・
捻くれているだけじゃなく
わたしの中に成功者である彼らに対する妬みや嫉みがあるからなんでしょうか。

わたしが幸せになるってことも
とっても難しいことなんですが・・・
みんなが幸せになるって
もっともっと難しいですね。

社会制度を整えることだけじゃなく
各人の精神を整えることが不可欠なんでしょうね。

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2010年02月01日

人は一人で生きてはいない ~お洒落編~

普段は全く化粧をしないって
話したこと、ありましたっけ。

でも、組織の一員として
誰かに会ったりする場合は
所属する組織に恥をかかせないために
一応の身だしなみとして化粧をしているって。

個人の判断としては
化粧をしていない女性のことを
礼儀がなっていない奴だなどとは思いませんが
そう思う人も世の中にはいるようなので
組織に迷惑をかけないように
念のため、化粧をいたします。

そんなワタシは
基本的に、あまりお洒落に興味がなく
服装などにも、そんなに拘る方ではありません。
清潔であれば、同じ服をずっと着ていることも平気ですし
気に入ったものであれば、時代遅れなものでもかまいません。

けれど、そんなワタシでも
何かの時には、お洒落をしたいと、そう思うんですよね。
たとえば、久しぶりに友達と会うときとか・・・
娘とデートするときとか・・・
ちょっとした楽しいイベントの時には
“お洒落して街に出かけたい”って思うんですよね。

友達と会うときなんかは
見得の心理も働いていると思うんですが
それだけでもないと思うんですよ。
なんだろう・・・
親しい人、気心の知れた人、大好きな人・・・
そういう人たちと過ごす時間を最高のものにしたいって気持ちですかね。

なら、日常こそ、お洒落しろよって話ですが・・・
とにかく、服装にしても化粧にしても
自分だけのためじゃ頑張れないけど
そこに他者が関ってくれれば
楽しむこともできるんだなと
そんなことを思ったのでありました。

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